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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)27号 判決 1957年12月24日

原告 日本電池株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十五年抗告審判第四七〇号事件について、特許庁が昭和二十八年七月十四日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、その請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、訴外土原豊喜の発明にかかる「整流方式の出力電流遮断装置」について、同人より特許を受ける権利を譲り受け、昭和二十三年七月二十一日これが特許を出願したが(昭和二十三年特許願第六、三九九号事件)、昭和二十五年八月四日拒絶査定を受けた。よつて原告は同年九月五日右査定に対し、抗告審判を請求したところ(昭和二十五年抗告審判第四七〇号事件)、審判官は、原告の出願について拒絶の理由を発見せずとなし、昭和二十六年一月十七日に出願公告決定をなしたが、訴外井上一男より特許異議の申立あり、特許庁は昭和二十八年七月十四日右異議の申立は理由ありとの決定をなすとともに、原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同月二十五日に原告に送達された。

二、審決は、原告の発明の要旨は、「単陽極水銀整流管を使用する整流方式において、整流管の励弧電流を機機械的に遮断することにより、出力電流を遮断する整流方式の出力電流遮断装置」にあると認定した上、右は原査定及び異議申立人が援用した、特許第一六四三七一号、特許第一六八四四九号及び特許第一五二八三一号の各明細書及び図面(以下それぞれ第一、二、三引用例という。)等から、これらを湊合して、当業者が容易に想到実施し得るもので、特許法第一条の特許要件を具備しないものとしている。

三、しかしながら右審決は、次の理由によつて違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  原告が当初特許願に添付した明細書の「特許請求の範囲」の項に記載したところは、審決が、原告の発明の要旨として摘示したところのとおりであるが、原告は前述のように特許異議の申立があつた結果、右「特許請求の範囲」の項の記載に不備のあることを発見したので、昭和二十七年二月二十五日抗告審判官に対し、右「特許請求の範囲」の項を「単陽極水銀整流管の複数を使用する整流方式に於て、各整流管の励弧電流を共通の遮断器を以て、同時に機械的に遮断することにより、全出力電流を遮断することを特徴とする整流方式の出力電流遮断装置」と訂正し、明細書の他の部分をこれに準じて訂正する意思を有するものであることを申し出でた。原告の出願した本件発明は、正に右訂正申立書に示したように、(1)単陽極整流管の励弧電流を機械的に遮断することと(2)この遮断にあたり全相の各整流管の励弧電流を共通の遮断器を以て同時に行うこととの二点が相俟つて、従来知られたいずれのものによつても到底達成できない高速度と確実さとを以て、過負荷等の出力電流を遮断し得るものである。しかるに審決は、右訂正前の請求の範囲そのものを基として、これを許可すべからざるものとしているのは不当である。しかのみならず、特許出願が公告され、これにつき異議の申立があり、その結果出願人において訂正を希望した場合には、審判官は、その訂正により、当該出願のものが特許さるべきか否かの審理を行うことが当然であつて、このことは、特許法第百十三条、第七十五条第五項の規定により明白である。従つて原告が上記訂正請求範囲に付て論及したことは、決して無意味でなく、むしろこの訂正の点についてこそ、最も重点をおいて審理がなされるべきものである。

(二)  次に審決は理由第一段において、原告の出願にかかる発明は、第一引用例に記載されたものと、励弧電流を遮断することによつて、全整流管の通電を停止せしめる点において同一で、ただ原告出願のものは、励弧電流を遮断するのに機械的遮断器を用いているのに対し、第一引用例のものは、励弧電極電圧を低下して励弧光を維持できなくさせて、励弧電流を遮断するものであるが、この励弧電圧低下の中には、励弧電圧零即ち励弧電圧を除去する場合も含むから、結局右第一引用例に、その実施例として記載されているものが、整流器を利用して励弧電流を遮断するもの、或は継電器と制御格子付整流器との組合せを用いるもの等、本件出願のものと相違する励弧回路遮断装置を用い、従つてこの励弧回路遮断装置の相違によりり、本件出願のものと第一引用例のものとが、その作用効果に相違があるとはいえ、本件出願のものは、引用例により当業者が容易に想到実施し得るものであるといい、また被告代理人は、本件口頭弁論においてて、第一引用例第二図のものにおいて、励弧用整流器を廃止し、敏速継電器を以つて、直接励弧回路を遮断するようにすれば、忽ち本件出願のものと同一機能を発揮するものとなり、しかもかくすることは、寧ろ退歩的な技術手段として当業者が熟知するところであり、何等科学技術上の飛躍が存在しないと主張しているが、右は工業の実状を知らない皮相的な見解に立脚したものであることはもちろん、第一引用例のものに励弧回路を遮断する思想が含まれているものと誤認した結果に外ならない。

放電管が学理的に優れた開閉器としての作用をすることは当業者の古くから熟知するところであり、右第一引用例の実施例が、いずれも放電管を使用し、開閉器を使用しないのは、実に右の理由に基くもので同発明においては放電管を簡単に省略し得ないのである。すなわち第一引用例の発明は、「励弧電圧が励弧弧光の維持に対し必要なる値以下となるまで低下せしめる」ことを特徴としており、決して励弧回路を遮断せんとする思想を有しない。

けだし励弧電圧を低下せしめることは、開閉器又は敏速継電器を直接励弧回路に挿入することによつて遂行し得ないことは、関係技術者たらずとも容易に知り得るところで、励弧電圧を低下せしめるには、更に高度の性能を有する放電管又は他の電圧加減装置を必要とするもので、第一引用例の特許発明において、その基本的原理図においてすら、放電管型整流器を使用し、その明細書及び請求の範囲に励弧電圧を低下することを記述しても、励弧回路の遮断に対し、何等触れるところないのは、該第一引用例のものがが、本件出願のものとその根本的思想を異にするからである。また仮りに第一引用例のものに、励弧電流を遮断する思想があつたとしても、引例のものは整流器を介して励弧回路を遮断しているから、本件出願の発明に比し、主電流の遮断速度が遥かにおそくなる不利は免れない。更にまたこの引例のものにおいてて、励弧整流器を廃して敏速継電器を以つて直接励弧回路を遮断するようにしたならば、この装置は忽ち励弧不能に陥りその用をなさないものである。

(三)  審決は、第二段において、第二、第三引用例を引用しているが、これらはともにあくまで全装置の遮断を目的とせず、故障相の整流管のみを遮断し、むしろ全装置の遮断を避ける意図のもとになされたもので、そのことは各明細書の記載からみて明白であり、このことは本件出願のものが、各整流管の励弧電流を共通の遮断器を以つて、同時に機械的に遮断することにより、全出力電流を遮断するのと正に対蹠的でで、かつ、前記目的の相違により、その作用効果も全然異る。すなわち第二引用例と本件出願のものとを比較するに、前者は、各整流管の励弧回路を当該整流管を流れる電流により動作する継電気によつて遮断するものであるから、すべて整流管の励弧回路を遮断して過負荷電流を遮断するには、過負荷電流がすべての整流管に流れる必要がある。これに対し後者は、過負荷の発生と共に、すべての整流管の励弧回路が同時に遮断されるから、過負荷電流がすべての整流管に流れるのを待つ必要は全くない。従つて後者は前者に比し過負荷電流の遮断速度がはるかに早い。換言すれば、第二引用例のものは、全装置の遮断時間の短縮よりも、故障装置のみの除外を目的とし、軽度の故障に対する対策であるのに、本件出願のものは故障装置の除外を考慮せず、迅速な全装置遮断を目的とし、重大なる故障に対する対策であつて、その効果に大差のあるのは当然である。」

また第三引用例の引用部分の記載は、格子制御型整流器に関するもので、各相整流器の格子に同時に阻止電位を与えて、全整流器の主放電を同時に阻止しようとするものに過ぎず、これまた本件出願のように整流器の励弧回路を遮断するものではない。すなわち第三引用例のものは、励弧電流遮断の思想を全く欠く格子制御放電型電流変換器であり、共通点としては、ともに放電型電流変換器たるに止まり、その方式及び動作の態様全く相違し、発明としては全然別個のものである。

(四)  前述のように第一引用例のものは、励弧電圧を低下せしめる方式で本件出願のもののように励弧回路を遮断する思想及び機械的遮断器を用いる思想を全く欠如し、第二引用例は、本件出願と異る目的のために相別遮断を行うもので、全整流管を同時に遮断する思想を全く欠き、第三引用例の一部記載は、励弧電流遮断の思想全く欠如し、ただ格子制御型電流変換器の全相の格子に阻止電位を与うることにより、主放電を停止せしめんとするので、いずれも本件出願の発明とは、その思想目的を異にし、また方式ないし装置としても相違するものである。本件出願の発明を支離滅裂に分解して、その分解した各部分が、仮りに上記引例と類似しているとしても、本件出願のように、共通の遮断器を以つて全整流器の励弧電流を機械的に遮断するという明らかに新規なる思想の下に構成された装置自体が、従来何人によつても提案されたことなく、しかもこの装置により従来のものの全く奏し得ない特殊効果を奏し得た本件発明は公知のものの単なる湊合であるとは断じていい得ないものである。

(五)  以上これを要するに、本件出願は、その発明思想、目的及び発明を具体化した装置そのものが、前記第一、二、三引用例と明らかに相違し、この装置自体はあくまでも、その出願当時新規なものであり、しかもこの装置により従来のもののなし得なかつた大きな工業時貢献をもたらし、かつ科学技術上の飛躍により大なる工業的効果を奏し得たものであるから、本件出願の発明は、特許法第一条にいう新規な工業的発明に該当することを確信するものである。

(六)  最後に被告代理人は、当審にいたり特許第一六四三七二号を引用して、これは原告の本件出願前わが国において公知となつたもので、この中には明らかに過電流流通時に励弧回路を機械的に遮断する思想が記載されていると主張するが、該特許は、イグナイトロン型整流器に関するもので、本件出願の発明のように、エキサイトロン型整流器に関するものではない。イグナイトロン型整流器では各サイクル毎に起動操作を行つて弧光を発生せしめておるに対し、エキサイトロン型整流器では励弧極により励弧光を絶えず維持するものであつて、各サイクル毎に弧光を発生せしめる必要をなくしたものである。従つてイグナイトロン型整流器でいう励磁陽極は、各サイクル毎に発生する弧光を、点弧極より引継ぎ、点弧極に過大な電流が流れないようにするもので、点弧極の保護を目的とするもので、電弧を絶えず維持するものではない。本件出願のものにおいては、励弧回路を遮断すれば、整流器の出力電流は遮断されるが、右特許発明のものでは、励磁陽極回路を遮断しても、弧光は点弧極より発生するから、整流器出力電流は遮断されない。すなわち両者は、全く性質作用を異にするもので、後者により前者が容易に着想し得るものでないことは明らかである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

(一)  原告出願の発明の要旨は、審決において認定しように、「単陽極水銀整流管を使用する整流方式において、整流管の励弧電流を機械的に遮断することにより、出力電流を遮断する整流方式の出力電流遮断装置」にあることは明白で、この発明の要旨の認定は、既に公報に掲載されて公告された本件特許願添付の明細書及び図面に基いてなされたものである。すでに一旦公告された原明細書は、後述するような一定の法的手続によらなければ、これを訂正することができないのはいうまでもない。しかるに原告は、合法的な訂正の手続を経ていない明細書改訂案を用意しただけで、本件発明の要旨は、前述のものと別個のものであり、「各整流管の励弧電流を共通の遮断器を以て同時に機械的に遮断することにより、全出力電流を遮断するもの」であると主張しているが、一般に一旦公告された原明細書を拒絶査定不服抗告審判の階梯において訂正するには、審判長の訂正指令が発せられることが、前提となり、その結果として訂正が合法的に認められることとなるのである。しかるに本件出願の原明細書の「発明の性質及び目的の要領」及び「発明の詳細なる説明」の項のいずれにも、原告が後に訂正の用意があるとした事項について具体的な記載が存在せず、またこれによつて生ずる作用効果について何等特記されていないこと等を包括的に考察して、本件発明の訂正が許容されるかどうかについて疑いのあるのはもちろん、一定の法定の手続によりたといその訂正が認められたとしても、審決の理由に述べたような拒絶理由は、依然として排除されない等、本件出願については、本質的な瑕瑾を有するものであると見るが至当であり、結局、抗告審判の階梯において訂正指令は発せられず、訂正の機会は与えられなかつたものである。従つてかかる訂正の機会の与えられなかつた理由についての判断が当つておるか否かの別にかかわらず、現在においては原明細書が何等の訂正をも受けていないことは、厳然たる事実であるから、本件発明の要旨が、原告の希望するとおりに訂正されたものとして、これについて云々することは意味のないことである。

しかのみならず審決の内容は、訂正文案が採用された場合においてすら、該発明は特許されるものではないという理由を示している。若し原告のいうように、訂正前の原文案についてのみ審理したものであれば、第二引用例のみによつて拒絶し得たもので、審決が更に第一引用例、第三引用例を引用しているのは、全く訂正文案を審理の対象としたからに外ならない。ただ審判長は、たとい訂正が認められたとしても、拒絶は免れないとの見解から、原告にその訂正を命じなかつたまでである。

(二)  原告の出願にかかる発明の要旨は、右に掲げるとおりであつて、励弧電流を遮断することによつて出力電流を遮断する根本思想は、本件出願のものも第一引用例のものも全く同一であり、ただ異るのは機械的に励弧回路を遮断するという点である。しかしながら一般に電気機器において電路を機械的に遮断して電流を遮断することは、最も基本的かつ普遍的なことである。従つて本件出願の発明においては、後に詳述するように、第一引用例により励弧電流を遮断することによつて、全相の整流管の出力電流を遮断することが公知である以上、これに機械的遮断装置を適用することは、当業者が容易に想到し得る程度のことである。更に第二引用例によれば、故障相に属する整流管という限定はあるが、免も角整流管の励弧回路を継電器によつて機械的に遮断することが明記されており、励弧回路を機械的に遮断するという、本件発明の要点となる思想は、最早や本件出願前より公知であることは明白である。

(三)  第一引用例には、「励弧回路に対して、励弧光における電圧が弧光の維持に対して必要なる値以下となる如く作用する如くなれることを特徴とする云々」とあり、この「励弧光が維持できないような電圧を与える」という表現の技術的内容は、直接目的的には、「励弧光を消滅せしめる」ことであり、間接目的的即ち結果的には「励弧回路を遮断する」ことであることは、当業者の周知する事柄である。

なんとなれば、直接目的である「励弧光を消滅」せしめれば、当然の結果として「励弧電流は零」となり、「励弧回路を遮断」したのと均等な結果となることは直ちに予見されるからである。すなわち第一引用例のような記載が存在すれば、当業者は直ちに「励弧回路を遮断する」という技術内容を察知することができるのである。

「電圧を降下する」という表現のうちには、たとえば、ブラス三十ボルトをマイナス五十ボルトにすることをも含むものであるから、この間において電圧零の場合も存在する理である。また若し原告のいう「励弧回路を遮断する」という意味が、励弧電流の流通をつかさどる金属回路を空間的に遮断するというのであり、従つてこれと第一引用例とは相違すると主張するならば、それは当業者とも思えない主張といわなければならない。放電管を用いて励弧回路を遮断しようと、機械的遮断器を用いてその金属回路を遮断しようと、回路電流を遮断する点では両者均等であり、かつ励弧光が消滅し、従つて主放電を停止せしめるという最終目的を果し得る点については、両者全く同等であり、励弧回路の遮断という作用効果については、何等選ぶところがないからである。そして励弧回路を遮断するのに機械的遮断器を用いるか、放電管を用いるかは、当業者が必要に応じ容易に取捨選択し得るところである。第一引用例の第二図のものは、格子制御型整流管が励弧回路に挿入されており、過電流流通時には、そのグリツドに通電を阻止する電圧が加えられ励弧光を消滅せしめる旨記載されているが、これは励弧電極に加わる電圧を適当な値になるように調整して、その電圧を励弧電極に加えるようにした高度の性能を有する電圧加減装置ではなく、過電流流通時に励弧電流を遮断するものであつて、すなわち第一引用例には、励弧回路を遮断するという思想が歴然として存在するものである。

更に右第一引用例記載の第二図のものにおいて、励弧用整流器を廃止し、敏速継電器を以て、直接励弧回路を遮断するようにすれば、たちまち本件発明と同一の機能を発揮するものとなる。しかもかくの如く、制御格子付放電管の代りに、継電器によつて、回路電流を遮断するようにすることは、むしろ退歩的な技術手段として当業者の熟知するところであり、この第二図を見て、かくの如く接続替をすることを着想することは、当業者の極めて容易になし得ることである。

(四)  原告が第二、第三引用例について述べているところは、いずれも先に(一)において指摘したように、訂正についての一定の法定手続を経ることなく、出願公告のあつた後において原告が単なる主張に基いて、任意に変貌した本件発明の要旨を仮想して主張しておるものであつて、その理由のないことは明白である。そればかりでなく仮りに右訂正が許されたとしても、右発明は、第一、二、三引用例ないしは(五)にかかげる公知例のいずれか、またはその組合せによつて拒絶されるべきものである。

(五)  最後に審決おいて拒絶の理由として引用しなかつたものであるが、「複数の単陽極水銀整流管を使用する整流方式において、過負荷の際各整流管の励弧回路を同時に遮断する共通の機械的遮断器を設けたことを特徴とする整流方式の過負荷遮断装置」として、特許第一六四三七二号公報がある。これは本件出願前わが国において公知となつたもので、この中には明らかに過電流流通時に励弧回路を遮断する思想があり、またその遮断方式としては、機械的に励弧回路を遮断する旨が記載されている。

原告は、右特許発明のものは、イグナイトロン整流器に関するもので、本件出願のようなエキサイトロン型整流器に関するものでないと述べているが、本件出願のものがエキサイトロン型の単陽極水銀整流器に限定する旨は、明細書のどこにも存在しないから、本件出願のものをエキサイトロン型整流器に限定する根拠は存在せず、また同時に、右特許発明のものも単陽極水銀整流器であることに変りはないから、右原告の主張は理由がない。

第四(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一及二の各事実は、当事者間に争いがない。

二、右当事者間に争いのない事実及びその成立に争いのない甲第一号証(本件特許出願公告公報)によれば、原告の出願にかかる本件発明の要旨「単陽極水銀整流管を使用する整流方式において、整流管の励弧電流を機械的に遮断することにより、出力電流を遮断することを特徴とする整流方式の出力電流遮断装置」であることが認められる。

原告代理人は、抗告審判における本件特許の出願公告に対し特許異議の申立があつたので、原告は昭和二十七年二月二十五日本件特許請求の範囲を、「単陽極水銀整流管の複数を使用する整流方式において、各整流管の励弧電流を共通の遮断器を以て同時に機械的に遮断することにより、全出力電流を遮断することを特徴とする整流方式の出力電流遮断装置」と訂正し、明細書の他の部分の記載を、これに準じて訂正せんとする意図を有するものであることを申し出たから、原告の出願にかかる発明の要旨は、この訂正の結果によつて認定すべきものであると主張するが、出願発明の要旨は、特許願に添付された明細書及び図面並びにその後適法になされた訂正に基いてこれを認定するを相当とすべきところ、本件においては、先に認定した出願公告公報記載の明細書及び図面に対して、適法な、すなわち審判長の訂正命令による訂正がなされた事実を認めることができず、しかも原告のいわゆる訂正の意図の申出前にあつては、原告の出願にかかる発明が、訂正の申出にかかるような事項を要旨としたものでないことは、前記甲第一号証の記載に徴して明白であるから、右原告の主張はこれを採用しない。

なお本件について、審判長が訂正の命令をしなかつたことの当否については、後の五において判断する。

三、次にその成立に争いのない乙第一、二、三号証によれば、次の事実が認められる。すなわち、

審決が引用した特許第一六四三七一号明細書(第一引用例)は、「過電流発生の際に生ずる電流変換器の運転値の変化が、放電間隙の励弧回路に対して励弧光における電圧が弧光の維持に対して必要な値以下となるように作用するようになつていることを特徴とする単陽放電槽よりなる電流変換器の保護装置」に関するものであつて、その第一図には、「短絡又は過電流の際に、平滑用塞流線輪が、個々の放電槽内の励弧光が消滅するまで励弧回路の電圧が低下するように、弧光回路内に挿入される例」が、また第二図には、「敏速継電器によつて、励弧用整流器のグリツト回路に阻止電圧を挿入して、放電槽の励弧光が消滅するまで励弧電圧を低下する例」が記載されていること。

同特許第一六八四四九号明細書(第二引用例)は、「各相別に単陽極型整流管若くは単陽極型整流管と同一用途に供する複数陽極整流管をそれぞれ挿入配置した放電装置において、逆弧若くは過負荷等による事故発生時に、その過電流の通過によつて、先ずその励弧回路を不作動ならしめ励弧を停止せしめて、整流直流回路の遮断を整流管内において行わしめるように、各相別にそれぞれ継電器又は遮断器を配置せしめた金属蒸気放電装置の保護装置」に関するものであつて、「ある相の整流管に事故が発生したときに、継電器又は遮断器によつて、その事故整流管の励弧回路を、機械的に遮断するようにした」実施例が記載されていること。

同特許第一五二八三一号明細書(第三引用例)は、「各放電槽に対する放電阻止制御装置が、故障槽のみを、その故障の期間だけ放電を阻止することができるように構成接続配置することを特徴とする各陽極に対して、水銀蒸気陰極を有する少なくとも一別個の放電槽が具えられた多陽極放電型電流変換器に対する保護装置」に関するもので、その「発明の詳細な説明」の項には、「従来は単陽極的に設計せられた熱「イオン」放電槽を複数使用する放電型電流変換器においても、例えば短絡のような故障の生ずるときは、総ての相は同時に放電阻止せられるを普通とする。」旨が記載されていること。

四、よつて右に認定した原告の出願発明の要旨が、審決のいうように、右引用にかかる明細書及び図面等から、当業者が容易に想到実施し得られるものであるかどうかについて判断するに、本件出願発明においては、整流管の励弧電流を機械的に遮断することにより、出力電流を遮断することを特徴にしておるところ、前記第一引用例のものにあつては、よしそのうちに整流器の励弧電流を遮断するという思想があつたとしても、前記認定の部分はもとより、その他全部の記載部分に徴しても、励弧電流を機械的に遮断するという思想が含まれているとは到底解されない。

しかしながら第二引用例に記載せられた前記実施例によれば、ある相の整流管に事故が発生したとき、継電器又は遮断器によつて、その事故整流管の励弧回路を機械的に遮断する趣旨が記載されており、これによればば、前記認定にかかる原告の本件出願発明の要旨は、そのままに記載されているものといわなければならない。

してみれば審決が前記引用例に基いて、原告の本件出願は特許することができないとしたのは結局相当であると判断せられる。

五、抗告審判の審判長が、原告の訂正の意図の申出にもかかわらず明細書の訂正を命令した事実の認められないことは二において述べたとおりである。

しかしながら前記乙第一、二、三号証と、その成立に争いのない乙第五号証によれば、複数の整流管を使用する場合、よしその停止の方式、整流管の種類において差違があるにもせよ、そのうちの一管または一部について故障を生じた場合、全装置を停止する方式(乙第一号証及び乙第五号証)と、故障を生じた管のみの電流を遮断し、他の部分に対しては送電を続ける方式(乙第二、三号証)とが共に、原告の本件出願前において周知のものであつたことが認められる本件においては、そのいずれの方式を選ぶかは、当業者がその必要に応じて自由に選択し得る範囲のもので、その選択には発明的の要素は存在しないものと解せられるから、審判長が前述の原告の訂正の意図の申出に対し、訂正の命令をしなかつたとしても、これを違法とはいいがたい。

六、以上の理由により、原告の出願について特許すべからざるものとなした審決は結局相当で、当事者の爾余の争点は、いずれも審決の適否には関係のないものであるからこれに対する判断をまつまでもなく、原告の請求は理由のないものとして棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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